取調べ可視化 最前線

鹿児島「踏み字」訴訟、本日判決


 鹿児島県議選違反事件での取り調べにおいて違法な取り調べを受けたとして鹿児島県に対し損害賠償請求を求めた国家賠償請求訴訟の判決が本日鹿児島地裁で言い渡されます。

 記事によれば、

鹿県議選損賠訴訟あす判決 捜査手法へ警鐘必至 「踏み字」違法性焦点

とのことです。

 詳細な記事がありましたので、追加します。

asahi.com:「踏む字」事件 問われる県警捜査 (上) – マイタウン鹿児島
asahi.com:「踏み字」事件 問われる県警捜査(下) – マイタウン鹿児島

「踏む字」事件 問われる県警捜査 (上) 2007年01月17日
 「自分は一切、悪いことはしていない。だから何も怖くない」
  白い6人乗りワゴン車の、ありとあらゆるところに赤や青、黄色の字で「えんざい」「可視化でなくそう 違法な取り調べ」などと、県警の違法捜査を訴える文言が並ぶ。
  川畑幸夫さん(61)はその車を運転して、毎日、ホテルの仕事が一段落した後に、県内を回る。「裁判員制度の前に、取り調べの可視化を実現しましょう」。ワゴン車からは、スピーカーを通じて音声が流れる。
  03年4月の事情聴取以来、自らが受けた取り調べの違法性とともに、取り調べの様子を録画・録音する「可視化」を訴えてきた。ワゴン車での活動を始めたのは、05年冬。妻の順子さん(61)と2人で考えた。「県内は離島を除き全部回った。宮崎にも出張した」。1年余の走行距離は1万キロを超えた。経営するホテルの周りにも「なくそう 不当逮捕」などと書かれた看板が立ち並ぶ。
 「嫌がらせを受ける。やめた方がいい」と知人から忠告されたが、取り調べで受けた精神的な苦痛を思うと、動かずにはいられなかった。
      ■
 川畑さんによると、03年4月14日から16日の早朝から深夜まで、志布志署の3畳ほどの取調室で県警の男性警部補(44)に事情聴取された。警部補は「(投票依頼のための)ビールを配っただろう!」と机をたたき激高した様子で、容疑を認めるよう迫った。
 宿泊客を紹介してもらった建設会社にビールをお礼として渡したことはあるが、投票依頼など全く身に覚えがない。否定すると「バカ、認めろ」などと怒鳴られた。3日目、警部補は紙3枚に「沖縄の孫 早くやさしいおじいちゃんになってね」などと家族からのメッセージのような言葉を書き、床に置いた。
 警部補は「これを見て反省しろ」と言い出した。その後、「親や孫を踏みつける血も涙もないやつだ」と言いながら、イスに座った川畑さんの両足を強くつかみ、10回ほどその紙を踏ませた、という。
 「怒りより、情けなかった」と川畑さん。
 4月16日に取り調べは終わったが、7月24日には会合で現金を配ったとして逮捕された。認めるよう何度も促されたが、絶対に折れなかった。8月13日に釈放され、約4カ月後に不起訴となった。
 県警は「『バカ』などとは言っておらず、自白の強要もない。(『踏み字』は)足をつかんで紙の端のあたりに1回置いただけ」と主張している。
     ■
 取り調べから時間がたっても、悔しさは消えなかった。04年4月に県を相手に200万円の損害賠償を求めて提訴したものの、「もっと多くの人に事実を知ってもらわなければ。何かしなければならない」。妻の順子さんと話し合った。「これ以上、同じ被害者を増やしてはいけない」。2人の考えは一致した。
 だが、何から始めていいのか分からなかった。新聞やテレビの報道を見た。そこで取調室の様子を録音・録画する「取り調べの可視化」という言葉を知った。「これだ。取り調べが記録されていれば、警察も暴挙には出なかったのではないか」。取り調べの実態を分かってもらおうと、ワゴン車を買い、知り合いの女性にテープを吹き込んでもらった。看板屋に頼んで、車に字を書いてもらった。
 活動を始めて、1年が過ぎた。運転中に巡回中のパトカーが後ろについたことがある。マイクで「どうも。警察のみなさん、ご苦労様です」と呼びかけると、警官は苦笑しながらうつむいたという。
 当初、引き気味だった知人も最近は、一緒になってワゴン車の運転を買って出てくれる。飲み屋で見知らぬ人が「頑張って」と、声をかけてくることもある。「やってきたことは間違ってなかった」。妻とふたりで始めた孤独な闘いが、少しずつ社会に広がっているのを、川畑さんは感じている。

「踏み字」事件 問われる県警捜査(下) 2007年01月18日
 「あんたも人の子、人の親やろが。正直に語らんか!」
 05年11月24日、鹿児島地裁の2階の205号法廷に川畑幸夫さん(61)=志布志市志布志町=の叫び声が響いた。川畑さんが違法な取り調べを受けたとして県に200万円の損害賠償を求めた訴訟の第14回口頭弁論。
 川畑さんを調べた県警の警部補(44)が証人として呼ばれ、証言台に立っていた。被告側の弁護士から「取り調べで川畑さんが、投票呼びかけのためビールを配ったことを認めたか」と聞かれ、警部補が「はい」と証言した時だった。我慢がならず、気がついた時には声を出していた。高野裕裁判官から「大声をあげての尋問はやめて下さい」と制止された。
 「警部補は裁判でウソばっかり言った。許せない」
    ■
 川畑さんによると、03年4月16日の取り調べで、足をつかまれ、警部補から親族からのメッセージを見立てた紙を踏まされる「踏み字」の行為を強要された。悔しさを晴らしたいと思っていたが、県議選での投票を依頼する買収会合で10人に現金計10万円を配ったとして、同年7月に逮捕された。8月13日に処分保留で釈放されたものの、まだ起訴される可能性があった。
 11月、妻の順子さん(61)と話し合って、鹿児島市内の弁護士に電話した。「やましいところはないか、胸に手を当てて考えてほしい」と聞かれた。「ジュース1本配っていない」と即答すると、「(警部補を)訴えよう」と提案された。12月に不起訴(起訴猶予)が決まり、名誉を回復するため、権力を相手に闘う決意を固めた。「自分はやましいことは何もしていない」。ためらいはなかった。
 04年4月に提訴。鹿児島市で2、3カ月に一度開かれる弁論には、冠婚葬祭でしか着たことのないスーツに身を包み、片道2時間以上をかけて出廷した。計19回の弁論は1回も欠かさなかった。警部補が証人に立つことが決まった時は、「どういう顔で来るつもりなのか」と思った。
 実は、謝罪がひと言でもあれば訴訟を取り下げてもいいと考えていた。だが、警部補は「自白を強要していない」「踏み字は1回だけ」などと証言。「取調室であったこととは全く違う内容。恥ずかしくないのか」。怒りがおさまらなかった。
 それが、原動力になった。ワゴン車で道行く人々に訴えたほか、日本弁護士連合会へ出向き取り調べの可視化や弁護人の立ち会いを陳情。日弁連などが主催したシンポジウムなどで講演に立ち、自身の受けた取り調べの実態を語ってきた。
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 当初は孤独な闘いだったが、最近は立ち上がる仲間が増えた。昨年10月末には、公選法違反事件をめぐり、違法な取り調べを受けたとして志布志市の別の住民8人が県に対して1人330万円の損害賠償を求める訴訟を鹿児島地裁に起こした。
 昨年12月には県公安委員会に警部補ら県警の警察官3人の懲戒処分請求をするための署名活動を開始。また、近く、弁護士を通して警部補を特別公務員暴行陵虐の疑いで鹿児島地検に告訴する構えだ。
 「見たこともなかった裁判を自分が起こすとは、想像もしなかった。だが、署名を集めたり、講演したり、ワゴン車で県内を回ったり、提訴後は、ただただ必死だった」と振り返る。
 判決は18日午後1時10分に言い渡される。「真実はひとつ。裁判官は正しい判断をしてくれるはず」。勝訴したら、祝いの花火を3発、自宅で打ち上げるつもりだ。