取調べ可視化 最前線

取調べDVDの証拠調べの結果、自白の任意性が否定された例~大阪地裁平成19年12月27日判決

 判決の一部を抜粋します(下線等は引用者)。

第2 当裁判所の判断
1 はじめに
 当裁判所は,被告人の警察官調書,自供書,弁解録取書及び勾留質問調書(乙7ないし21。ただし,立証趣旨は「供述経過」とされている。),本件DVDを添付した上記「録音・録画状況等報告書」を取り調べるとともに,被告人質問を施行し,さらに上記検察官調書の提示を受けて検討したところ,上記検察官調書はいずれも任意性に疑いのあることが明らかであると判断した。以下,その理由を若干説明する。

2 被告人の検察官調書の記載内容
 被告人の検察官調書は,「被害者の部屋のドアをノックしたところ,被害者が出てきて,いきなり『生意気や。』と怒鳴りつけた上,私の胸を押し,転倒した私の足,背中,胸,手等を踏んだり蹴ったりした。私は,自分の部屋に逃げ帰ったが,もしかしたら被害者が私を殺すかもしれないと思った。」などと,被告人の言い分を一部採用する一方で,「(自分の部屋に逃げ帰ったときに,)私が殺される前に被害者を殺してやろうと決めた。」「廊下に立っていた被害者をそのままナイフで突き刺して殺してやろうと思った。」「一気に被害者をナイフで刺し殺してやろうと思い,右手に持っていたナイフの刃を被害者の腹めがけて真っ直ぐに突き出した。」「完全に被害者を殺してしまおうと思い,ほんとに夢中だったので,被害者の身体のどの辺りにどんな風にナイフの刃が刺さったのか,今となってはよく覚えていない。」などと,被告人が,確定的殺意をもって,被害者を本件ナイフで刺したことを強調する内容となっている(乙2,3)。
 また,被告人の警察官調書では,被害者を刺した際の状況について,「直ぐに被害者の目の前まで行くと,被害者は確か左手で私がナイフを持っている右手の手首辺りを掴んできた。そこで,私は,右手を曲げるようにして,被害者の手を振り払い,体の真ん中辺りに向かって,力一杯,右手に持ったナイフを突き出した。」(乙17)などと記載されていたのに,検察官調書では,「私は,手に持っていたナイフの刃を被害者の腹目がけて真っ直ぐに突き出し,そのまま思いっきり刃を被害者の腹に突き刺した。すると被害者は,ナイフを握っていた私の右手首辺りをつかんで,私から逃れようとした(乙3)。」などと,被告人が無抵抗の被害者を刺したように変更されている。

3 本件DVDに撮影された被告人の取調べ状況
(1) 殺意の有無に関する供述を確認する場面について
 A検察官は,被告人が「殺そうとは思わんけど腹立ったからね。刺したことは間違いないからね。」などと,明らかに殺意を否認する供述をしたのに対し,供述調書の訂正を求める意思があるのか確認することもなく,「殺さな,殺されると思ったのは間違いないね。だから先に殺そうと思ったことは間違いないね。」と誤導し,被告人が「ええ,ええ。」と答えると,それ以上の質問はしなかった(午前10時45分~46分〔本件DVDに記録された撮影時刻。以下同じ。〕)。
 A検察官は,被告人が「僕はやられると思ったから,刺しました。やらなその場で殺されると思って。」と供述したのに対し,「Vを殺そうと思ったということで間違いないですか。Vを殺さなやられると思ったんで,殺そうと思って刺したいうことで間違いないですか。」と誘導し,被告人が「間違いない。」と答えると,それ以上の質問をしなかった(午前10時59分~11時)。
 被告人が被害者を刺した回数について,被告人は,「僕は,1,2回や思ったら,5,6回刺したようなことを検事さんが言いよったからね。」と説明したところ,A検察官は特に否定しなかった(午前11時1分)。
 A検察官は,被告人が「何回も刺したのは,1回くらいだと軽いから襲ってくると思ったから,2,3回刺したと思います。」と説明したのに対し,「1回だけだと死なないと思って,何回も刺したんだね。」などと,特段の事情もなく,被告人の供述に殺意の裏付けとなるような供述を付加した(午前11時1分~2分)。
(2) 被害者の抵抗態様に関する供述を確認する場面について
 被告人は,A検察官に対し,本件ナイフで刺そうとする前に,被害者から手を掴まれたなどと説明しようとしたところ,A検察官は,「それはあとで聞くから。」と言って遮ってしまった(午前10時50分)。
 その後,被告人は,「向こうは,僕の手をこうやって握って取ろうとした。それで僕は振り払って,そして突いた。」と供述したにもかかわらず,A検察官は,「Vに手を掴まれたのは,刺した後か刺す前か。」と,何度も質問し,検察官調書のうち,「右手に持っていたナイフの刃をVの腹目がけて真っ直ぐに突き出し,そのまま思いっきり刃をVの腹に突き刺しました。するとVは,ナイフを握っていた私の右手首辺りをつかんで,私から逃れようとしました。」との部分を朗読した上,さらに,「先に刺したら,手を取られたんよね。」と被告人を誘導し,「刺したんやったかな。どうやったかな。」と,記憶を喚起しようとする被告人に対し,さらに「刺した後に,この前言ってたね。」とまたも誘導を行い,結果的に,被告人も,「刺した後に握られた。」と供述するに至った(午前10時57分~59分)。
(3) 調書の読み聞かせ及び閲読の状況を確認する場面について
 A検察官は,被告人に対し,「あなたが言ったとおりに調書を作成しましたね。」と誘導したものの,被告人がすぐさま反応しないのを見て,さらに,「間違いありませんね。」と念を押したところ,被告人も「ええ,ええ。」と返答するに至った(午前11時2分ころ)。
 A検察官は,検察官調書を作成した当時の読み聞かせで内容が理解できたか質問したところ,被告人が,「さあ。わかったようなわからなかったような気もするけどね。たいがいはわかったような気もするけどね。」と述べ,調書の内容を正確に理解したか否か疑問を呈したのに,「たいがいはわかったね。」と述べるだけで,特に問題視していない(午前11時5分~6分)。
 A検察官は,調書の閲読状況についても,被告人が,「漢字わからんからね。」と供述するに対し,「漢字はわかりにくいね。私が読んでいった内容は理解できたね。」と言い換えてしまっている(午前11時7分)。
 A検察官は,「ずっと私が読んだ内容で,間違いなかったか。」と質問し,被告人が「たいがい合うとるような気がするけどね。」と曖昧な供述をしたのに対し,「違うところ言わなかったね,合うてたいうことね,たいがい。」と押し付けている(午前11時7分~8分)。

4 被告人の聴力及び理解力等
 被告人は,88歳というかなりの高齢であって,聴力が著しく劣っており,法廷においては,ワイヤレスマイクを通した音声をヘッドホンで聴く状況にある。また,被告人は,法廷においては,老眼鏡をしていても,被告人自身の検察官調書を朗読するのに相当な時間を要しており,やや難しい漢字を読み飛ばすことがままあった。
 さらに,本件DVDに撮影された被告人の取調べ状況をみると,被告人の応答の仕方は,高齢者に特有の緩慢なものであるが,A検察官は,特段ゆっくりとした口調にすることもなく,むしろ時には早口ともいうべき話し方で,被告人に対し,次々と質問を発している。そして,被告人は,A検察官から,自己の認識と異なる内容の発問をされたときに,即座に反論することができず,考え込むことが多い。この間に,A検察官が,既に完成していた検察官調書の内容を再度読み聞かせると,被告人は,すぐに「はい,はい。」などと返答する傾向がある。

5 取調べ状況に関する被告人の公判供述の要旨
 私は,被害者を殺そうと思ったことはなかった。私は,取調べの際に,「殺してやろうと思った。」などと自ら言ったことはないが,検察官から「殺すつもりやったんやろう。」などとしつこく聴かれて,そう答えたかもしれない。取調べの途中から,検察官は机をよけて私に近寄ってくれたが,それまでは距離があったので,かなり聞こえにくかった。質問されてもちゃんと分からないことが多かったし,意味の分からない難しい言葉があったが,分からないとは言っていない。調書を作成した後に,内容を読み聞かせてもらったが,意味はよく分からなかった。調書を見せてもらっても漢字が分からなくて読めなかった。内容がよく分からないまま,調書に署名指印した。

6 検討
(1) 先に言及したとおり,被告人の検察官調書には,本件当日,被告人が被害者から暴行を受けた経緯,暴行の程度・態様,暴行を受けた際に殺されると思ったという被告人の心境などについて,被害者の言い分とは合致しない被告人の言い分が録取されている。その上,A検察官が遅くとも平成19年5月25日付け検察官調書(乙3)を作成する取調べの際には,机を一部取り除いて,被告人との距離を近くし,聴力に劣る被告人に一定の配慮をしていたこと,そして,A検察官と被告人との間では,被告人が,比較的聞こえる方の左耳を傾け,質問を聞き返したりしながらも,一応,問答が成立していることも認められる。
 しかしながら,これらの事情を踏まえても,以下に述べるところによれば,被告人の検察官調書(乙2,3)には任意性に疑いがあるといわざるを得ない。
(2) すなわち,まず,本件においては,殺意の有無が重要な争点の一つであるところ,このことは,捜査段階から予測できたはずである。しかるに,本件DVDが撮影された取調べ時においても,被告人が,明確に殺意を否定する供述をしようとするにもかかわらず,A検察官は,それを無視したばかりか,「殺されると思ったから殺そうとしたことに間違いないですね。」などと,先に被害者から激しい暴行を加えられ殺されると思ったという被告人の言い分の一部を織り込んで,被告人に殺意があったように誤導した。結果的に,被告人は,A検察官の上記誤導に乗ってしまっているが,これについては,被告人が,衰えている聴力のためにA検察官の発言の一部を聞き漏らしてしまったり,あるいは,言葉に対する理解力の低さから,「被害者から殺されると思って刺した。」という自己の言い分が採用されたことばかりに気を取られたりした挙げ句,殺意も含めて肯定してしまったという可能性は否定できない。そして,A検察官も,既に作成された検察官調書の内容をそのまま確定させることに性急な余り,そのように理解力が低いなどといった被告人の状態を利用して,上記のような誤導をした疑いも否定できない。
 また,本件DVDが撮影された取調べ時において,A検察官は,被告人が本件ナイフで刺す前に被害者から手を掴まれたのか,無防備な被害者をいきなり刺したのかという,これもまた重要な事実について,被告人の言い分を聴取しようとせず,既に作成された検察官調書の内容に沿う供述をするまで,被告人に質問を続け,最終的には被告人も,自らの主張を撤回するに至っている。このような取調べを前提とすると,被告人が自らの意に反する供述を押し付けられた疑いは残る。さらに,被告人の聴力及び理解力等や,本件DVDにおける被告人の様子からは,被告人が,検察官調書の読み聞かせ及び閲読によりその内容を正しく理解した上で,署名指印をしたのか,疑問が残るというほかない。
 (3)  殺意の有無や,被告人が被害者を刺す直前に被害者が抵抗をしたか否かという,本件の重要な点について,本件DVDが撮影された取調べ時の被告人の弁解内容は,被告人の公判供述とほぼ一致するものであり,被告人が,上記検察官調書の作成段階でも同様の弁解をしていた可能性は高い。しかるに,本件DVDで撮影された取調べ状況を前提とする限り,上記検察官調書の作成段階においても,A検察官は,被告人が,調書の読み聞かせ及び閲読によってもその内容を正しく理解することが困難な状態にあり,被暗示性が高いか,又は迎合的になりがちであることを認識しながら,被告人に対し,自己の意に沿うような供述を誘導ないし誤導し,被告人に不利な内容の供述を押し付けるという取調べをしていたのではないかとの疑いは払拭できない。このように,相当の高齢で聴力及び理解力等が劣り,被暗示性が高いか,又は迎合的になりがちであって,調書の読み聞かせ及び閲読によってもその内容を正しく理解することが困難な状態にある被告人に対し,そういう状態にあることについて十分な配慮をせず,かえって,被告人の弁解を無視して,自己の意図する供述内容を誘導ないし誤導して押し付けるという取調べ方法は,供述の信用性の有無という程度を超えて,任意性に疑いを生じさせるものというべきである。そして,検察官は,本件DVD以外には積極的に任意性立証をしていない。そうすると,上記検察官調書の任意性に疑いがあることは明白である。