取調べ可視化 最前線

「検察官による取調べ」のみの可視化ってどうよ?

 昨日(2006年5月9日)、検察庁が取調べの様子を試験的にビデオで録画・録音するのを決めたことが報道された。各メディアもこれに反応している。

検察 取り調べの録音録画導入 NHK

“密室”批判、返上なるか 取り調べに録画・録音 東京新聞

【関連】供述鑑定評価しやすく 取り調べ可視化 東京新聞

取り調べ録音・録画は7月から 法務・検察当局 徳島新聞

検事取り調べを録画 東京地検で試行 裁判員制度に対応 朝日新聞

取り調べ録画、欧米・アジアで先行 朝日新聞

ニュースフラッシュ サンケイスポーツ

取り調べ可視化 沖縄タイムス

 東京地方検察庁だけの試験的な取り組みで、しかも、ビデオ録画・録音するかどうかは検察官の裁量に委ねられるとのこと。 朝日新聞によると、具体的には、

 最高検によると、ビデオ撮影を実施するのは、裁判員制度の審理対象となる、殺人や現住建造物等放火などの重大事件に限定。いずれの事件でも警察の捜査段階でのビデオ撮影は実施せず、送検後の検事の取り調べに限って行うとしている。
 事件ごとの担当検事が、容疑者が強制でなく、自分の意思にもとづいて供述したかどうかが公判の争点になる可能性があると判断した場合、容疑者に告げて撮影を行い、撮影場面も検事が選択する。
 具体的には、取り調べの中で、容疑者が(1)犯行の経緯を供述(2)警察官作成の調書が強要されたものでないかどうかの確認のため、その作成状況を供述――などの場面での撮影が想定されている。
 ただし、捜査の過程で、客観的な物的証拠や、容疑者だけが知りうる「秘密の暴露」を含む自白調書を得ている場合、撮影の必要はないとしている。
 撮影したすべてのビデオは、調書の補助的な証拠と位置づけられ、調書の作成状況が公判で争点になった場合に裁判所に提出される。また、弁護人の請求があれば開示されるという。
 最高検は「供述調書が適正に作られたことを公判で証明するのが狙い。取り調べの機能を損なわない範囲で、検事が相当と認める部分の録画・録音を行う」としている。

ということらしい。このような検察庁の取調べ可視化の取り組みをどう評価すべきかは意見の分かれるところだろうが、どのように考えるべきか。

 確かに、最高検が述べる「狙い」は一見もっともらしいようにみえるし、裁判員裁判をにらんで検察庁も取り組んでいるという姿勢をアピールしているように見える。取調べの可視化に向けて一歩進んだ、あるいは「重大な方針転換」と評価するむきもあろう。

 しかし、取調べの可視化を阻止するための取り組み、との評価も可能である。否、実は最高検の真の狙いは「取調べの不可視化」にむけての第一歩というところじゃないかと個人的には考えている。少なくとも、「重大な方針転換」などと評するのは極めて早計、拙速の感を免れない。

 最高検(法務省)は、「取調べの機能を損なわない範囲で」ビデオの録画・録音を行うと述べている。最高検は検察官による取調べでさえ、全過程の可視化を試験的でも実施しないというのである。その理由は、おそらく、

 我が国の刑事司法の構造の下では、取調べにおいて事案の真相を解明するため、被疑者の高度なプライバシーに属する事項や、第三者の名誉や秘密に関する事項に及ぶことがある。また、被疑者が組織の報復を恐れて供述調書に録取しないでほしい旨懇願すること等も少なくない。仮に、取調べが常時録画・録音されることとなれば、取調べによって真相を語らせることが困難になり、捜査における真相解明機能など捜査手続全般に種々の影響を及ぼす(外国における取調べに代わる真相解明の仕組みについては、別紙参照)。また、その開示により、関係者のプライバシー等や捜査の秘密が害されるおそれがある。(取調べの可視化ホームページ

との考えによるものであろう。
 そして、ここから明らかなのは、取調べの可視化の試験的実施を表明してもなお、この取調べ可視化による取調べの機能に与える弊害論を堅持し、捨て去っていないという点である。最高検がこのように考えているのは極めて明白といわざるをえない。

 だからこそ、報道にあるとおり、最高検がビデオ録画・録音実施についてのガイドラインを作ったというのはきわめて当然ということになる。試行という限りは、本来、取調べの機能が損なわれないかどうかも含めて検証すべきである。にもかかわらず、「取調べの機能を損なわない範囲で」ビデオの録画・録音を行うというのは、まさに最高検の取調べ可視化反対論の根拠の検証すら放棄し、回避してしまうものであるのは極めて明白であろう。最高検は、自分たちの取調べ可視化反対論の論拠に対する取調べ可視化の立場からの批判には耳をふさいでいるのである。最高検は、試行によって、取調べ全過程のビデオによる録画・録音が「取調べの機能」に対し一切の弊害をもたらさないことが白日の下にさらされるのをおそれているのである。

 最高検のいうガイドラインは、わかりやすくいえば、

 後日見られても何も問題のない取調べの場面だけをビデオで録画・録音します

というものである。そして、この後にまっているのは、

 試行的実施をした結果、取調べ過程には何らの問題もなかった。取調べ可視化の必要性など全くない。取調べ過程はビデオで録画・録音するに値しない。取調べの可視化は取調べ機能への弊害しかもたらさない。

といった「取調べ可視化」失敗論と「取調べの不可視化」論である。

 最高検が取調べの可視化実現に向けて真剣に検討し導入する方向に踏み切ったと評価することは到底できない。実質的には、「重大な方針転換」ではあり得ないのである。このあたりが見え見えなだけに、最高検の発表はまさに「取調べの不可視化」に向けての第一歩であるとの極めて懐疑的・否定的評価を下さざるをえない。

 さらにいえば、最高検によれば、

 警察庁では、事件の初期段階から取り調べを行う警察は検察と立場が違うので、可視化を検討することはないとしている(朝日新聞記事)。

ということらしい。検察庁と警察庁のいずれも、取調べを行う捜査機関のはず。単に「立場が違う」ですますことができるというのは信じがたい発言である。憲法、刑訴法の規定や歴史的経緯から見て、極めて無責任な考え方であると評さざるをえない。「取調べ不可視化」のために「取調べの可視化」を試行するというものというべきであろう。東京新聞の【関連】記事によれば、

■「分かりやすいが拡大の影響懸念」 警察幹部

 警察は試行をどうとらえるか。警視庁のある幹部は「容疑者が罪を認めている様子を裁判員がビデオで見られれば、分かりやすくていい。しかし、可視化の流れが警察現場にも広がったり、取り調べの最初から最後まですべてを撮影したりする方向に拡大されると、悪影響が出る」と懸念する。
 「取り調べは、取調官と容疑者との『一対一』の信頼関係を築く作業。当面は、罪を認めて完全に『落ちた』状態の容疑者が可視化の対象となるのではないか。暴力団などの組織犯罪の場合は、録音・録画を前提に調書を取るのは難しい」と話す。
 別の幹部は「可視化の対象にならなかった容疑者の裁判で、弁護士が今まで以上に自白調書の任意性に疑問をはさんだり、可視化の対象にしていない取り調べで容疑者が録音・録画を心配し、供述を拒むケースが出てくるのでは」と指摘した。

と、警察幹部の談話が掲載されているが、「容疑者が罪を認めている様子を裁判員がビデオで見られれば、分かりやすくていい。」とか、「罪を認めて完全に『落ちた』状態の容疑者が可視化の対象となるのではないか。」というあたりは、最高検の真の狙いを的確に捉えているといえよう。

 最高検のいう「可視化」は、「不可視化」に「可視化」という厚化粧を施した「お化け」である。こんな「お化け」を歓迎することなど到底できない。

 警察段階を含めた「取調べ全過程の可視化」、ビデオ録画・録音を実施する・しないの選択を許さない「密室」の可視化が是非とも実現されなければならない。