取調べ可視化 最前線

「警察は検察に追随することはない」

 検察庁は、裁判員裁判の実施を控え、「取調べの機能を損なわない範囲」という条件付で取り調べ過程の録画・録音を試験的実施することに踏み切った。
 これに対し、警察庁はそんなことは「やらない」と公言した。

 警察庁の漆間巌長官は11日、検察官による容疑者の取り調べを録画・録音する試みが7月から始まることを受け、「警察は検察に追随することはない」と定例会見で述べ、警察の取り調べを録画・録音する考えはないことを明らかにした。
 最高検によると、ビデオ撮影をするのは、裁判員制度の審理対象となる殺人などの重大事件で、送検後、担当検事の判断で、容疑者の自白が公判の争点になる可能性がある場合、容疑者に告げたうえで撮影する。
 漆間長官は「警察は第1次捜査機関として、動機や共犯者の割り出しなど事件を解明するために取り調べをしている。録画・録音はそれを阻害し、犯罪の検挙に多大な影響がある」と述べた。

 警察庁の漆間巌長官の「?言」である。簡潔ではあるが、これまでの法務省の公式見解の枠組みから決してはずれることのない見事な「お手本」である。

 ところで、あなたなら「?」にどんな文字を入れますか?

 警察庁長官の発言には、個人的には、

 検察庁と警察庁は違う。検察官は捜査も訴追(裁判)するけど、警察官はもっぱら最前線で捜査しているだけ。もっぱら最前線で捜査する限り、裁判員制度なんて関係ない。取調べの機能を損なうのははっきりしているのだからやらない。取調べの機能を損なわない範囲で可視化をすることには弊害しかない。

警察こそが捜査をして事件解明・解決をしているのだ。これまでの捜査、取調べに法的問題はない。科学的な捜査も導入している。「取調べの可視化」、捜査の科学化・合理化・適正化などは今の捜査に必要ない。そんなことをすれば犯罪の検挙ができなくなる。これまで警察が作り上げてきた捜査のノウハウを使えば犯人はすぐに検挙できるし自白もとれる。事件が解決して被害者も救済される。

という本音トークがみえ隠れするように思われる。

 刑事訴訟法は、捜査における警察と検察の関係について、次のように規定している。

第百九十二条
 検察官と都道府県公安委員会及び司法警察職員とは、捜査に関し、互に協力しなければならない。
第百九十三条
1  検察官は、その管轄区域により、司法警察職員に対し、その捜査に関し、必要な一般的指示をすることができる。この場合における指示は、捜査を適正にし、その他公訴の遂行を全うするために必要な事項に関する一般的な準則を定めることによつて行うものとする。
2  検察官は、その管轄区域により、司法警察職員に対し、捜査の協力を求めるため必要な一般的指揮をすることができる。
3  検察官は、自ら犯罪を捜査する場合において必要があるときは、司法警察職員を指揮して捜査の補助をさせることができる。
4  前三項の場合において、司法警察職員は、検察官の指示又は指揮に従わなければならない。

 刑事訴訟法上は、法律専門家である検察官によって警察官の活動に対し一定程度の「司法的抑制」を想定していると考えてよかろう。それに警察官には訴追権限はない。検察官の独占的権限である。素朴に考えれば、警察は検察に追随するのが本スジじゃないのだろうか。なぜ、あえて「追随することはない」と言ったのか。

 この漆間巌長官の発言の根拠は、取調べ可視化ホームページや当ブログで既に言及されているとおり、既に完全に論破されており理論的に破綻してしまっているが、「犯罪の検挙に多大な影響」があると平然と言っているところから見て、警察庁が「取調べの可視化」と「捜査の可視化」と同じと考えているふしが見られる(一部マスコミの報道にも同じ混乱が見られる)。
 「捜査の可視化」というのは、捜査全般、とりわけ捜査手法を可視化するという意味になろうが、捜査全般が可視化されてしまうと、たとえば、警察の刑事課に監視カメラみたいなものを設置して24時間録画・録音し、そのテープなどを裁判にでも出そうものならたちまち捜査に支障が出るだろう。そのくらいのことは誰でもわかる話である。

 しかし、同時に、識者であれば「取調べの可視化」論がそんなことは主張していないのも容易にわかる話である。適正な手続により適法に取調べ(とりわけ被疑者取り調べ)が行われるように、また、後日取り調べ(供述)過程を検証できるように、取り調べ(供述)過程を録画・録音せよ、というのが「取調べの可視化」論の基本的な主張である。捜査の科学化・合理化・適正化をせよ、というのが重要な視点である。取調べの可視化は検挙後の「取調べ」過程を対象としているのであって「犯罪の検挙」とは無縁である。「取調べの可視化」は「取調べの公開」ではないし、まして「捜査の可視化」「捜査全般の公開」ではない。「取調べの可視化」は捜査機関によって行われる「取調べ」に憲法、国際人権規約、刑事訴訟法などの確かな法的基盤を与え、ブラックボックスとなっている取調べ過程に対し法的コントロールを可能にすることに他ならない。取調べにおけるコンプライアンスに他ならないのである。

 結局のところ、長官発言は、「取調べの可視化」=「捜査の可視化」との誤解を与えるプロパガンダとして、「取調べの可視化」の主張ないしその実現があたかも「犯罪の検挙に多大な影響を与える」かのように歪曲して国民の治安に対する不安を駆り立てるものと評しているのではないかと疑ってしまう。万一、取調べは、お上が行うことであって、聖域でなければならないと考えているとすれば、その考えは行政機関が権利・自由を不当に軽視するものであり、時代錯誤も甚だしいと言わざるを得ないだろう。
 捜査の最前線で苦労しているのが警察であるというのはよくわかるが、厳しい取り調べにより虚偽自白に追い込むのも警察であることを忘れないで欲しい。 そして、そのような取調べを検証可能にすることにより法的コントロールの可能性を与えるのが「取調べの可視化」であることを銘記して欲しい。