取調べ可視化 最前線

鹿児島志布志事件の求刑

2003年の鹿児島県議選で公選法違反の罪に問われた同県志布志市の元県議中山信一被告(61)や支援者ら計12被告の論告求刑公判が29日、鹿児島地裁(谷敏行裁判長)であり、検察は中山被告に懲役1年10月、ほかの被告にも1年2月から6月の懲役刑を求刑した。

 検察官は自白の信用性があると主張しているようだが、警察や検察官が嘘で塗り固めた自白調書だから各被告人の自白調書相互の間で矛盾が生じるはずがない。違法・不当な取調べがあったとは決して認めない。本当なら、検察官が違法・不当な取調べがなかったことを立証すべきなのに、事実上被告人側で違法・不当な取調べがあったことを立証しなければならないことになっている。日本の刑事裁判は不思議だ。
 基本的な考え方としては、被告人側がそれなりに確からしいことを立証できさえすれば、検察官は違法・不当な取調べがなかったことを立証しなければならず、そのためには取調べ過程を録画録音したものによるべきであり、これ以外なら検察官は立証できなかったことにして、「任意性に疑い有り」と判断すべきように思う。

 また、被告人と弁護人との接見のプロセス・内容を含め弁護人の援助を受ける権利の行使に捜査機関が一切容喙してはならないのは当然であろう。刑訴法39条1項の「立会人なくして」の文言はその一端を示すものと見てよい。権利の行使を妨げあるいは権利行使の効果・結果を減殺するような捜査機関の行為があれば、被告人は弁護人と十分な打ち合わせ・コミュニケーションができず十分な防御権の行使ができなかったことになる。このような状況の下での自白には「任意性に疑いがある」というべきではなかろうか。